内野聖陽さんとウィーン・ミュージカルがメインコンテンツ。その他のドラマや映画についてもこちらで。@小林りり子

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レベッカ@大阪楽日
 梅雨入りした日に「レベッカ」見て来ました。

 よりによって今日どしゃ降りにならなくてもよいものを……と心中ブーブー言いつつも、マチネなので朝からドタバタ用意して、梅田まで出かけてきました。
 音楽に関しては、何ヶ月も前からウィーンライブ盤で予習していたけど(対訳はまったく不明だったけど)、演出に関してはまったく何も知らないまま。
 詳しい感想は後日、サイトの方に掲載します。

 ここでは簡単に。

 ■ダンヴァース夫人とルキーニがいる家って怖すぎる(笑)。
 ■「わたし」可愛い。イメージぴったり。
 ■ファヴェルが良い意味でイメージと違った。性格も見かけも野卑な男だと思っていたら、舞台のファヴェルは(性格はともかく)ルックスがキザでキラキラしすぎてた(笑)。しかも踊る(笑)。踊るファヴェルには笑った。この人しかし、「M!」のシカネーダー役でも思ったことだけど、華のある人だなあ。
 ■マキシム……あれ? なんか音程がフラフラしてませんか?
 ■ウィーンライブ盤、マンダレイが燃えるシーンの歌で「Flammen,Flammen」(燃えている、燃えている)という部分があるんだけど、そこの日本語訳が、まさかの「ファイヤー! ファイヤー!」 ファ……ファイヤーですか。いや、ドイツ語でも確かに「火事だ火事だ」って歌ってるんだけど、それにしたって、ファイヤーかあ……

 そう言えば、原作ではファヴェルはマキシムのことを(レベッカと同じように)「マックス」と呼ぶんだけど、それが無かったですね。
 あと、最後の肝心なシーンで、「わたし」だけがベイカー宅に行ってマキシムがマンダレイに留守番って何なのよ。信じられない、あれはないわー。拍子抜けしてしまったよ。

 そして、極めつけの感想はこれだ!
 パンフレットには「レベッカもダンヴァース夫人も結局は敗北者」とか「わたしとマキシムが、レベッカの影を払いのけ強い絆で結ばれる」とか書いてあるんですけど、私の個人的解釈では(少なくとも原作は)レベッカの一人勝ちエンドだと思っているんです。
 レベッカはやりたいことをやり、好きに生きて、病気で死ぬよりもマキシムに殺されることを企んだ訳で、最後まで思い通りにことを運んだのだから、敗北したという印象はまったくない。「死んだ」ということ以外に彼女に負け要素が見当たらないんですな。
 原作冒頭でも、マキシムと「わたし」は確かに二人でずっと暮らしているけれど、居場所を(レベッカの代行者ダンヴァース夫人に)奪われて外国を流浪している訳で、マンダレイすらレベッカが所有したまま失われたってことですからねえ……
 愛が勝ったとか絆がどうだとか、そういうお約束なハッピーエンドとは私は到底思えないんですよね。どちらかと言うと私は(わたしとマキシムにとっては)バッドエンド寄りの解釈をしています。なぜなら、「マンダレイ」が失われたから。この二人の関係性も、マンダレイがあってこそ……と言うのか、マンダレイの上に構築されているようなところがあって。
 マンダレイの女主人に、「わたし」は結局なれなかったでしょう。何年も経って、まだ「ゆうべ、またマンダレイに行った夢」を見ている。
 まあ、これは解釈次第なんだしょうけどね。
 レベッカの呪縛にとらわれたマンダレイが崩壊したことで、マキシムと「わたし」は解放されたのかもしれないし、それとも、そうではないかもしれない。
 あー、これ以上書くと長文になってしまう、これでおしまい。

 あと一言だけ。
 クンツェさんは、死(トート)や才能(アマデ)を擬人化できたけど……

 犬(ジャスパー)は擬人化できなかった!
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